「自力救済禁止の原則」は詐欺


国家という幻想集団の中で、自力救済はやってはいけないことになっている。

あなたが誰かに悪さをされた場合、自分で恨みを晴らすとか、盗まれた財産を取り返すのは、禁止される。

手続。裁判は民事と刑事、行政罰に分かれる。

裁判には時間とカネがかかる。仕事が忙しいヒトは大変。逆にヒマを持て余し、条文の構成用件だけねつ造、訴えたり、脅して儲けるのをビジネスにしてるヤツもいる。当たり屋とか、裁判所からの通知を偽造したり。

自動車事故で相手が当たり屋でも民事不介入。ストーカー事件では、実際に犯罪に至るまで警察が構ってくれず、殺された、とか。

自力救済の禁止は合理的だろうか?自分で出来るなら、勝手に自力救済したほうが早くねーか?

迷信からサルの惑星が誕生するまで

自力救済禁止の原則。起源を調べた。現在運用されるすべての法律(自然法論)の起源は、聖書に遡る。教会を作ったパウロの思想。

ローマ人への手紙(パウロ)

12:19愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである。

ニンゲンは復讐をするな、と。復讐は神だけが出来ることだから。じゃあ、ニンゲンは誰も他人を裁くことは出来ないのでは?たとえ教会や国家でも。

しかしパウロが言うには「権威に従え!」だから、結局、教会や国家に神を騙らせたのである。

遡る。パウロの手紙のこの言葉は、マタイの福音を参照しているとされる。

マタイによる福音書

7:1人をさばくな。自分がさばかれないためである。

7:2あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量りが与えられるであろう。

7:3なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。

ちょっと違う。パウロは「復讐は神がする」というのだから。

マタイの福音は、むしろ因果応報・ブーメランの原理を説いているように思える。人が他人を非難するのは、自分にも罪悪感があるから。

たとえば誰かがあなたの陰口を叩くとき、相手が上位にいるのではなく、むしろ相手の意識レベルのほうがあなたよりも下位であるということ。彼はあなたに対して、自ら負けを表明しているようなものだ。

この原理による働きを使って、ワザと敵に自分を攻撃させ、帰ってゆくブーメランで敵の首を落とすということをやってるのが、トランプ。

話を戻し、新約では見当たらないので、旧約。

レビ記

17 だれでも、人を撃ち殺した者は、必ず殺されなければならない。

18 獣を撃ち殺した者は、獣をもってその獣を償わなければならない。

19 もし人が隣人に傷を負わせるなら、その人は自分がしたように自分にされなければならない。

20 すなわち、骨折には骨折、目には目、歯には歯をもって、人に傷を負わせたように、自分にもされなければならない。

21 獣を撃ち殺した者はそれを償い、人を撃ち殺した者は殺されなければならない。

これですね。むしろバランスに気を付ければ、勝手に自力救済やっていいようにも解釈できる。

しかし神が復讐するとはどういう意味か?全知全能のはずの神が復讐したがるのは何事か?時代をさらに遡る。

復讐といえば聖書の原版。シュメル神話では、婚約者ドゥムジの殺害に対し、マルドゥクの死を求めたイナンナの主張。シュメル版聖書では、マルドゥクが支配権を得て、終了。

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「復讐するは我にあり」

聖書は「契約」じゃなくて、歴史書。新約では、救い主のはずの復活したイエスは、人類を放置してどこかに消えてしまった。

その後の展開。人類の歴史。宗教を中心に政治が回り、宗教は民主主義や共産主義にすり替わり、教会は国家へ、戒律は法律へ変身。

全体をまとめると

  1. イエス(エンキ)の一番弟子(長男)ペテロ(マルドゥク)が神話を書き換え、取り巻き連中が悪用。
  2. ペテロは思わぬところに連れて行かれ(自分が王となってニンゲンを統治する思惑が外れ)、処刑された。
  3. その後は既得権者の多数決で法の運用。
  4. ありもしない幻想を体系化、今の法律が出来て、自力救済禁止を原則とした。

シュメル時代の物語を、神の権力を教会に帰属させるためパウロが悪用した。パウロ(教会)が権力を得るため、神を騙った。

教会の権力は国家に移る。

神の権力を国家に帰属させるため、続けて官吏が悪用。

今のニッポンは、官吏(官僚)が法律を書いて運用する。国民が投票して選ぶ政治家は法律の条文を書けない。

このように迷信によって、現在の人類が住む「サルの惑星」が出来上がった。

「自力救済禁止の原則」は法の起源まで遡ってないから、「原則」とは呼べない。法律と法(法則)は違う。

微分された法律には、必ず賞味期限がある。デメリットがメリットを超えて、役に立たなくなる時が来る。

憲法では国民に、手段選ばず革命を起こし、今のダメダメ国家を潰す権利は残されてるんですね。「公務員は選挙で選ぶ」とか、落とし穴も作って。憲法書いた人は頭がいい。

どうせニッポン国は外圧で潰れるだろうけど。

次は、法体系を根源からまるっと変えないとダメ。規制の内容を含む一切の法律の制定行為自体を禁止するとか。