三密Trinity

三位一体
コロナ感染予防の三密(密閉、密集、密接)は、なんで3つなのか?まるでキリスト教はカトリック教義の中の、三位一体みたい。

三位一体(さんみいったい、ギリシア語: Αγία Τριάδα, ラテン語: Trinitas, 英語: Trinity, ドイツ語: Dreifaltigkeit, ロシア語: Святая Троица)とは、キリスト教において

父(=父なる神・主権)
子(=神の子・子なるキリスト)
霊(=聖霊・聖神)
の三つが「一体(=唯一神・唯一の神)」であるとする教え。カトリック教会[5]・聖公会[6]・プロテスタント・正教会・東方諸教会といった教派が、この教えを共有している。

上述の諸教会において、三位一体は、「三神」(三つの神々)ではない。また「父と子と聖霊は、神の三つの様式でしかない」「神が三役をしている」といった考え(様態論)も否定される。

どう考えても無理があるというか、要素の一つの聖霊が何なのかが解らない。精霊、ほふられた小羊、イエスの父親の精子か?

エンキの失われた聖書解読

私が考えるにこの三位一体というのは、現在の法律の起源であり、エジプトのラー(マルドゥク)の一神教から出てきた、パウロの言葉。
自然法を編み出したペテロとパウロの信奉者たちが、カトリック教会で、イエスの昔話を一神教として論理付けるため編み出した理屈であると思慮する。
つまるところ、これを考え出した当時の教会は、ラーの一神教なのである。

自然法が不自然なので、同じ土俵で一般意思というもので民主化革命を理論正当化しようとしたジャン・ジャック・ルソーは、エンドレスなギロチン・カーニバルを招いてしまう。

三密に話を戻し、「勤労の美徳」現代日本のラーの信奉者たち、役人や代議士たちは、自然法論体系上の議会民主制の土俵の上で、上の存在Xからの、解釈に困った一つの命令を実現するための理屈として「三密」というのを捻りだしたのだろ。

なんでこう回りくどいのか。

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