悪魔は神であ~る!分霊トリック

リアーナの悪魔崇拝宣言
”ジーザスに祈っても時間のムダ!サタンを信じなさい!あなたの夢を叶えてくれる!”

この発言の裏事情

宗教の分霊トリック、神と悪魔、人物特定のややこしさ

実は聖書の神と悪魔はシュメール神話に登場する神々を物語上の行いによってキャラクター分けしたもの。

例えば、エンキ派生の主とヨハネとガブリエルとルシファー、イナンナ派生のマリアとアスタロトとベルフェゴール。エンキとイナンナをシンボル化、一まとめで現したのが、バフォメット。

神官がシュメールGODSを神と悪魔に分けたり、くっつけたりしたので、地域ごとで訳わからないストーリーが完成。

よって誰かが「神を信じろ」「悪魔を信じろ」と言う場合、結果的にどちらも同じ人物を指す。

この解釈法では、イエスはシュメールのエンキとイナンナとドゥムジとマルドゥクとニンゲンの複合キャラ。

聖書物語のキャラとしてのイエスは存在するといえば存在するし、存在しないといえば存在しない。

分霊wiki

分霊(ぶんれい、わけみたま)とは、神道の用語で、本社の祭神を他所で祀る際、その神の神霊を分けたものを指す。

分霊を他の神社に移すことを勧請(かんじょう)という。神道では、神霊は無限に分けることができ、分霊しても元の神霊に影響はなく、分霊も本社の神霊と同じ働きをするとされる。他の神社より祭神を勧請した神社を分祠(ぶんし)、分社(ぶんしゃ)、今宮(いまみや)などという。

勧請はその神の根源とされる神社(総本社・総本宮)から行われることが多い。分霊された神社(系列社)の社名は、勧請された神に因むことが多い。例えば稲荷神社の総本社は伏見稲荷大社であり、ほとんどの稲荷神社は伏見稲荷大社から神霊の勧請を受けている。

勧請は、本来は仏教で仏に教えを請い、いつまでも衆生を救ってくれるよう請願することを指した。日本では、神仏習合により、神仏の霊を迎えての祈願を指すようになり、後に現在の意味に変化した。

なお、分祀は、神社に複数の祭神が祀られる場合に、一部の祭神のみを他所に移して祀る分遷の意味[要出典]でも使われる(例:伊太祁曽神社)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%86%E9%9C%8A

要は、一人の神を何人にも分割できる、という話

サタンwiki

サタンは、ユダヤ教、キリスト教とイスラム教における悪魔。イスラームではアラビア語のアッ=シャイターンがこれに相当する[注釈 1]。

ユダヤ教、キリスト教では神の敵対者、イスラム教では人間の敵対者とされる。

キリスト教神学においては、サタンは、かつては神に仕える御使いでありながら堕天使となり、地獄の長となった悪魔の概念である。罪を犯して堕落する前のサタンは御使いであったが、神に反逆して「敵対者」としての悪魔に変化したとみなされている[1]。キリスト教ではサタンは人格性を有する超自然的存在であると信じられているが、自由主義神学(リベラル)ではサタンが人格的存在であるとは必ずしも考えられていない[2][3][4][5]。

キリスト教で[編集]
キリスト教の伝統によると サタンは、元々「ルシファー」という名の、神に仕える御使いであった。彼は多くの天使を率いる十二枚の翼を持った美しい大天使長であったともいわれる。 しかしある時神に敵意を示し、自分に賛同する天使達を集めて、大天使ミカエルの率いる神の軍団との戦いを開始する。戦いは長く続くが最終的に敗北し、ルシファーと天使の三分の一は天から投げ落とされてしまう。他には以下のような言及が見られる。

地上に来たイエス・キリストを誘惑した(荒野の誘惑)[24]
終わりの時に捕らえられる[25]
またわたしが見ていると、ひとりの御使が、底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から降りてきた。彼は、悪魔でありサタンである龍、すなわち、かの年を経たへびを捕えて千年の間つなぎおき、そして、底知れぬ所に投げ込み、入口を閉じてその上に封印し、千年の期間が終るまで、諸国民を惑わすことがないようにしておいた。その後、しばらくの間だけ解放されることになっていた。
??ヨハネの黙示録20章1節から3節(口語訳)

イスラム教で[編集]
天使を人間より下位の存在として位置づけるイスラム教においては、サタンが神に背いた理由は、火でできたものが泥からできている人間より優れていないはずがないと傲慢であったからだ。 さらに、イスラム教の教えの中に傲慢であってはならないと記されている。

また、他の説によると、シャイターンは1日2千回も神へ祈りを捧げていた天使の中でもジンの中でも白眉であった。神がアダムとイヴにサジュードゥ「ひれ伏すこと」を命じた時に彼は、「私は神にのみ頭を下げます」といった。神は彼に「私の命令に背いてでも彼にひれ伏さないのか?ならば落ちて行け」と命じたという説もある。

オカルトで[編集]
上記の通り多様な面を持つサタンであるが、サタンという悪魔に関しては扱いがあいまいなことが多い。

サタンとは「悪魔・悪霊の統率者」としてのイメージが一般的であるが、その中で一体どのような存在であるか定まっていない。「悪魔の王・サタン」という存在でも、「サタンという名の悪魔がいる」「特定の著名な悪魔(主にルシファーなど)の異名」「サタンという悪魔・悪霊の階級がある」など、多様なとらえ方が存在する。七つの大罪や地獄の階級付けなど一般的な信仰とは相いれないような、神学的側面でも取り上げられることもあり、その名は多様な場所で見受けられる。

サタンと同一視される悪魔としてはルシファー(ルシフェル)を筆頭として、サマエル、サタナエル、ベルゼブブなどが存在するが、書籍によってこれらがサタンという存在と明確に分けられていたり、同一視されている。

また、ヨハネの黙示録では黙示録の獣と同一視されているため、サタン=竜という図式が一部で存在する。これは西洋におけるドラゴンを悪魔と同列に扱う姿勢にも影響を与えている[38]。

また、ルシファーやベルゼブブといった悪魔ほどではないが、フィクションでも用いられることが多い。いわゆる「悪霊・悪魔・魔物などの王」=魔王としての登場が多いが、その際も上記にある無数の説が入り乱れて利用されるなど、「これ」と言い切れるようなモデルは存在しない。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%BF%E3%83%B3

ルシファーwiki

ルシファー (Lucifer、ルキフェル、ルシフェルとも) は、明けの明星を指すラテン語であり、光をもたらす者という意味をもつ悪魔・堕天使の名である。キリスト教、特に西方教会(カトリック教会やプロテスタント)において、堕天使の長であるサタンの別名であり[1]、魔王サタンの堕落前の天使としての呼称である[2]。

「ルシファー」は英語からの音訳で、古典ラテン語読みではルキフェル、ルーキフェル(羅: L?cifer)、教会ラテン語読みではルチフェル、その他日本ではルシフェル(仏: Lucifer[註 1], 西: Lucifer, 葡: Lucifer)、ルチーフェロ(伊: Lucifero)、リュツィフェール(露: Люцифе?р)などとも表記される。

キリスト教の伝統においては、ルシファーは堕天使の長であり、サタン、悪魔と同一視される[3]。神学で定式化された観念においては、悪魔はサタンともルシファーとも呼ばれる単一の人格であった[註 2]。

悪魔にルシファーの名を適用したのは教父たちであった。たとえばヒエロニムスは金星を指すラテン語であったルーキフェルを、明けの明星としての輝きの喪失に悲嘆することになる、かつて大天使であった堕天使長の名とした。この光の堕天使としてのルシファーの名がサタンの別称として普及したが、教父たちはルシファーを悪魔の固有名詞としてでなく悪魔の堕落前の状態を示す言葉として用いた[4]。キリスト教の伝統的解釈によれば、ルシファーは元々全天使の長であったが、神と対立し、天を追放されて神の敵対者となったとされる。「ヨハネの黙示録」12章7節をその追放劇と同定する場合もある。

天使たちの中で最も美しい大天使であったが、創造主である神に対して謀反を起こし、自ら堕天使となったと言われる。堕天使となった理由や経緯については様々な説がある。神によって作られた天使が神に背いて堕天使となったという考えは、旧約偽典ないしキリスト教黙示文学の『アダムとエバの生涯(英語版)』にみられる[5]。その中で悪魔はアダムに向かって、自分は神の似姿として作られたアダムに拝礼せよという命令を拒み、そのために神の怒りを買って天から追放されたのだと語る。『クルアーン』にもこれに類似した話があり、イブリースは粘土から作られたアダムに跪拝せよという神の命に背いて堕落したと数箇所で述べられている[6][註 3]。キリスト教では悪魔は罪によって堕落した天使であるとされ、オリゲネス、アウグスティヌス、ディオニュシオス・アレオパギテス、大グレゴリウス、ヨハネス・ダマスケヌスらは天使が罪を犯すという問題について論じた[7][註 4]。大グレゴリウスやセビーリャのイシドールスは、罪を犯して堕落する前のサタン(=ルシファー)はすべての天使の長であったとし、中世の神学者たちも、サタンはかつて最高位の天使である熾天使か智天使の一人であったと考えた[8]。

足の鎖=プロメテウス

エンキwiki

知識・魔法・淡水を司る神性[編集]
エンキは、世界の創造者であり、知識および魔法を司る神とされる。彼は、地下の淡水の海である「アプスー」(アッカド語の読み。英語・ギリシャ語の abyss(「深淵、奈落」の意)の語源であるとする説もある)の主である。アッカド人による称号は「水の家の主」。また、人類に文明生活をもたらす「メー」と呼ばれる聖なる力の守護者でもある。はるか昔、人間が野蛮で無法な生活をしていた時に海から現れ、手工業、耕作、文字、法律、建築、魔術を人間に教えたとされる[1]。

後期バビロニアの文書エヌマ・エリシュによると、神々の父であったアプスーは、若い世代の神々に平穏な眠りを乱されたため、彼らを滅ぼそうとした。アプスーの孫にあたり、当時神々の中で最強であったエンキは、若い世代の神々の代表に選ばれた。彼はアプスーに魔法をかけて深く眠らせたうえ、地底深くに閉じ込めて殺した。エンキは、世界を豊かに保つ力をアプスーから獲得し、そのまま地底を住処として、淡水および繁殖を司る神としての役割を継承した。

繁殖・豊穣を司る神性[編集]
伝承では、古代の創造の女神であり、「偉大な神々に命を与えた母なる女神」である女神ナンム(Nammu)がエンキの母であるとされており、エンキとは水による創造の力を持つという共通性によって、エンキ(エア)は女神ナンムが姿を変えたものであるとも考えられている。ベニート(Carlos A. Benito:ペンシルベニア大学Ph.D)は、「エンキに関しては、性のシンボリズムの興味深い変化が窺える。メソポタミアにおいては、土地は「水」によって豊かさがもたらされるとの通念があるが、シュメール人は、この「水」の神格化の対象・意味合いについて、女神ナンム時代の女性的な「生命を産み出す海」から、エンキ時代の男性的な「精子」へと、とらえ方を変化させている。たとえば、シュメールのある聖歌では、涸れた川岸にエンキが立ち、彼の水で満たした、との部分がある」と述べている。このようなエンキの男性的な繁殖・豊穣を司る神性については、配偶者である女神キ(Ki) または女神ニンフルサグとの、ヒエロス・ガモスすなわち「聖なる結合」との関連性も示唆されるところである。

死後の世界との関連[編集]
紀元前2000年以前の初期の王家の碑文には、「エンキの葦(the reeds of Enki)」について触れられている。葦は、建築に用いられるほか、籠・箱などの材料にも用いられる重要な資材であり、死者や病人が運び出される市壁の外から調達されていた。このことから、シュメール神話では、エンキには、死後の世界との関連性があると考えられている。

象徴する動物・惑星[編集]
エンキを表す象徴には、山羊と魚があげられる。両者はのちに統合され、黄道十二星座のやぎ座を象徴する怪物カプリコルヌスとなった。また、シュメールの天文学においては、地上から見た位置変化のスピード、太陽からの距離が近いなどの点から、エンキは水星の象徴とされた。

エンキとイナンナ[編集]
エンキは、女神イナンナに対しては、非家父長制的な側面を見せている。

ウルクのエアンナ寺院の若い女神イナンナにまつわる神話「エンキとイナンナ」によれば、あるとき、年老いたエリドゥの神エンキが訪れ、饗宴のもてなしを受けた。その宴においてエンキは、イナンナにビールをすすめて誘惑しようとしたが、彼女は純潔を守った。反対に、エンキは酔っ払ってしまった。そして彼は彼女に気前よく、文明生活の恵み「メー」をすべて与えてしまった。次の朝、二日酔い気分で、彼は召使のイシムード(英語版)にメーのありかをたずねたが、そのとき初めて彼はメーを失ったことを知った。彼は取り乱し、メーを取り戻すためにガラの悪魔を差し向けたが、イナンナはその追跡から逃がれ、ウルクの川岸に無事たどりついた。エンキはだまされたことを悟り、最終的に、ウルクとの永遠の講和を受け入れた。この神話は、太初において、政治的権威がエンキの都市エリドゥからイナンナの都市ウルクに移行するという事件を示唆していると考えられる。

「イナンナの冥界下り」という神話においては、次のような物語がある。あるとき、イナンナは、姉妹である女神エレシュキガルのもとを訪れた。エレシュキガルは、夫グガランナ(Gugalana:Guは「雄牛」、Galは「偉大な」、Anaは「天」の意)を、人間の英雄ギルガメシュとエンキドゥに殺されて喪に服しており、イナンナは彼女を慰問したのであった。金星を司る女神イナンナは出発に際し、宵の明星として彼女の代役をつとめることもある、しもべのニンシュブール(Ninshubur:Ninは「女性」、Shuburは「夕べ」の意)に対し、もし自分が3日のうちに帰還しなければ、イナンナの父神アン、神々の王エンリル、ないしはエンキに助けを求めるよう命じておいた。果たしてイナンナは3日のうちに戻らなかったので、ニンシュブールは、まずアンに助けを求めたが、彼はイナンナは力の強い女神であるから大丈夫であると言うのみであった。次にニンシュブールはエンリルに助けを求めたが、彼は宇宙を運営するので手一杯であるとして取りあわなかった。最後にニンシュブールは、エンキに助けを求めた。エンキはイナンナを心配し、配下のガラの悪魔、すなわち、神の指の爪の下の汚物から作られた性別のない存在であるガラトゥッラ(Galaturra)とクルガッラ(Kurgarra)を放ち、女神イナンナを取り戻した。

この話に現れるガラの悪魔は、ギリシャ・ローマにおいては、女神キュベレーの信奉者である去勢された男性を指す「ガリ」(Galli)の語源となっていると考えられる。彼らは、宗教儀礼において重要な役割を果たしていた。また、アメリカインディアンの部族の中にも、一人の人格の中に男性と女性の両方が出現するバーダッシェ(berdache)と呼ばれる人々がいるが、同様に宗教・生活において重要な役割を果たしていた。

また、「イナンナとシュカレトゥーダ(Shukaletuda)」という物語では、次のような話がある。庭師のシュカレトゥーダはあるとき、エンキの命令でナツメヤシの木の手入れをしていたところ、木の下でイナンナが眠っているところに出くわし、そのままイナンナを犯してしまった。イナンナは、目が覚めて自分が犯されたことがわかると、犯人を探して処罰しようとした。シュカレトゥーダは、エンキに庇護を求めた(ちなみに、フランスのジャン・ボッテロ(Jean Bottero)は、エンキがシュカレトゥーダの父親であると考えている)。エンキはシュカレトゥーダに、古典的なやり方ではあるが、イナンナに見つからないためには、町の中に隠れるのがよいと助言した。エンキとしては、助けを求める者には誰にでも神として庇護を与えるべき体面と、イナンナについてはメーの力を与えるまでの深い関係にあることとの間で、微妙な立場に置かれてしまった。エンキは、偉大なる審判者としての立場からであるとして、イナンナに対して、衝動的な怒りはおさえるようにと働きかけた。ところが、ようやくイナンナの怒りがしずまったところで、今度は彼女もまたエンキに対し、アヌンナキおよびイギギの神々の集会において、今回の件での代弁者となってほしいと、助けを求めてきた。イナンナが今回の件についてわけを話すと、彼は正義が行われる必要があると言って援助を約束し、とうとう彼女にシュカレトゥーダの居場所を教えてしまった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%AD

イナンナが3日後に復活=イエスの復活

カプリコルヌスwiki

カプリコルヌス (Capricornus) は、ローマ神話の登場人物。名はラテン語で山羊 (caper) と角 (cornu) の合成語で、「角のある山羊」、つまり雄山羊を意味する。やぎ座に描かれているとされる。
ユーピテルとティターン神族との戦いでユーピテルに味方した。
ギリシア神話でやぎ座に描かれているとされるアイギパーンとしばしば混同される。アイギパーンがやぎ座に描かれる由来とされる神話についてはやぎ座#ギリシャ神話を参照。
また、メソポタミア神話に登場する神エンキを表す象徴である、山羊と魚が後に統合され、カプリコルヌスとなったとの向きもある(エンキ参照)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%97%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%8C%E3%82%B9

バフォメットwiki

バフォメット(Baphomet)は、有名なキリスト教の悪魔の一人で、黒ミサを司る、山羊の頭を持った悪魔。
バフォメットの起源は判明していないが、11世紀末から12世紀のラテン語書簡などに現れており、これが最古のものとなっている。当初は(キリスト教徒が想像する)異教の神のことを指し、十字軍の記録にもモスクをバフォメットの神殿とする記述がある。後の1300年代初頭にテンプル騎士団に対する異端審問の際にバフォメットが大きく取り上げられることになった。テンプル騎士団は、1307年にフィリップ4世により偶像崇拝の糾弾を受けた際、このバフォメットの偶像を奉っていたとされている。

19世紀にイギリスでテンプル騎士団が本当に異端であったかどうかに関する論争が起きたことでバフォメットが改めて注目を浴びた。19世紀以後はオカルティズムやサタニズムの世界でバフォメットは有名となるが、これにはエリファス・レヴィが描いた黒山羊の頭をもつバフォメットの絵の影響も大きい。

同一視[編集]
ルシファー、ベルゼブブ、アスタロトに仕える上級六大悪魔の一人である大将のサタナキアと同一視する意見もある。

「サバトの牡山羊」レオナールと同一視・混同される事も多く、レオナールはただサバトを淫行の舞台として利用する矮小化された悪魔として描かれることが多い。

姿[編集]
両性具有で黒山羊の頭と黒い翼をもつ姿で知られるようになり、魔女たちの崇拝対象となった。ただし必ずしもこの姿に限定されている訳ではない。

19世紀にフランスの魔術師エリファス・レヴィが描いた絵「メンデスのバフォメット」が最も有名。「メンデスのバフォメット」の腕には、上がっている方に「Solve」(溶解させる)、下がっている方に「Coagula」(凝固させる)、と記されている。これは中世錬金術のラテン語「Solve et Coagula」が元であり、「溶かして(分解して)固めよ」「分析して統合せよ」「解体して統合せよ」といった意味となり、卑金属から貴金属を作り出す狭義の錬金術だけでなく、人間の知のあり方や、世界の変革という広義の錬金術にまで、幅広く応用される言葉である。

聖母マリアの象徴であるフルール・ド・リスを上下にひっくり返すと、「メンデスのバフォメット」の頭部になる。これは聖母マリア(に代表される「大地母神=天の女王」の系譜の女神)とバフォメット(=悪魔)が、表裏一体の同一の存在であることを示している。また「聖母マリア=グノーシス主義の女神ソピアー(ソフィアー)」である。

五芒星wiki

歴史的に確認されているもっとも古い五芒星の用法は、紀元前3000年頃のメソポタミアの書物である。シュメール人はこれをUB(ウブ)と呼んだ。さらに下向き五芒星を「角・小さな空間・穴」などの意味を表す絵文字とする。エジプトでは子宮を表させていたことから性的意味合いがあるとも言われている。バビロニアでは、図形の各側面に前後左右と上の各方向を割り当て、それぞれ木星・水星・火星・土星、そして上に地母神イシュタルの現れとされた金星を対応させた。五芒星に五惑星を対応させる考え方は、後のヨーロッパにも見受けられる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%8A%92%E6%98%9F

バフォメットについてまとめると
・頭はエンキを象徴するヤギ
・火は人類に火(知恵)を与えた象徴(自由の像と同じ)
・五芒星はイナンナ(イシュタル)を象徴
・おっぱいはイナンナを象徴(あるいはエンキの好み)
・チンコのヘビはエンキによるDNA操作とニンゲン女性に注入されたエンキの種
・チンコの後ろの鱗は魚、山羊座のエンキを象徴
・羽は航空機で空を飛べたから
・月は、地球上で初めて暦の月を読んだのがエンキ
・人差し指と中指を立てるサバジオスのハンドサインはフリジアの神(ディオニソス)=シュメール起源
よってバフォメットはエンキとイナンナ

ニッポン神話に飛んで

禍津日神wiki

禍津日神(まがつひのかみ、まがついのかみ)は神道の神である[1]。禍(マガ)は災厄、ツは「の」、ヒは神霊の意味であるので、マガツヒは災厄の神という意味になる[1]。

神産みで、黄泉から帰ったイザナギが禊を行って黄泉の穢れを祓ったときに生まれた神で、『古事記』では八十禍津日神(やそまがつひのかみ)と大禍津日神(おほまがつひのかみ)の二神、『日本書紀』第五段第六の一書では八十枉津日神(やそまがつひのかみ)と枉津日神(まがつひのかみ)としている[1]。これらの神は黄泉の穢れから生まれた神で、災厄を司る神とされている[1]。神話では、禍津日神が生まれた後、その禍を直すために直毘神(なおびのかみ)二柱と伊豆能売が生まれている[2]。なお、『日本書紀』同段第十の一書ではイザナギが大綾津日神を吹き出したとしている[1]。これが穢れから生まれたとの記述はないが、大綾は大禍と同じ意味であり、大禍津日神と同一神格と考えられている[1]。

後に、この神を祀ることで災厄から逃れられると考えられるようになり、厄除けの守護神として信仰されるようになった[2]。この場合、直毘神が一緒に祀られていることが多い[1]。

イザナギとイザナミの間の子に大屋毘古神(おおやびこのかみ)がいるが、これは「大綾」から「あ」が取れて「大屋」になったものとされ、大綾津日神(大禍津日神)と同一神格とされる[3]。スサノオの子で、大国主の神話においてオオナムジ(大国主)がその元に逃れてきた大屋毘古神とは別神格である[3]。

また、本居宣長は、禍津日神を祓戸神の一柱である瀬織津比売神と同神としている[4]。『中臣祓訓解』『倭姫命世記』『天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記』『伊勢二所皇太神宮御鎮座伝記』は伊勢神宮内宮第一別宮の荒祭宮祭神の別名として瀬織津姫、八十禍津日神を記している。

復古神道における神学的位置[編集]
本居宣長は、禍津日神を悪神だと考えた[5]。宣長によると禍津日神は人生における不合理さをもたらす原因だという[5]。この世の中において、人の禍福は必ずしも合理的に人々にもたらされず、誠実に生きている人間が必ずしも幸福を享受し得ないのは、禍津日神の仕業だとした[5]。「禍津日神の御心のあらびはしも、せむすべなく、いとも悲しきわざにぞありける」(『直毘霊』)と述べている[6]。

一方、平田篤胤は禍津日神を善神だとした[7]。篤胤によると、禍津日神は須佐之男命の荒魂であるという[7]。全ての人間は、その心に禍津日神の分霊と直毘神(篤胤は天照大神の和魂としている)の分霊を授かっているのだという[7]。人間が悪やケガレに直面したとき、それらに対して怒り、憎しみ、荒々しく反応するのは、自らの心の中に禍津日神の分霊の働きによるものだとした[7]。つまり、悪を悪だと判断する人の心の働きを司る神だというのである[7]。またその怒りは直毘神の分霊の働きにより、やがて鎮められるとした[7]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8D%E6%B4%A5%E6%97%A5%E7%A5%9E

瀬織津姫wiki

瀬織津姫(せおりつひめ)は、神道の大祓詞に登場する神である。瀬織津比咩・瀬織津比売・瀬織津媛とも表記される。古事記・日本書紀には記されていない神名である。

水神や祓神、瀧神、川神である。九州以南では海の神ともされる。祓戸四神の一柱で祓い浄めの女神。人の穢れを早川の瀬で浄めるとあり、これは治水神としての特性である[1]。

『倭姫命世記』『天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記』『伊勢二所皇太神宮御鎮座伝記』『中臣祓訓解』においては、伊勢神宮内宮別宮荒祭宮の祭神の別名が「瀬織津姫」であると記述される。

『ホツマツタエ』[2]では、日本書紀神功皇后の段に登場する撞賢木厳之御魂天疎向津媛命と同名の向津姫を瀬織津姫と同一神とし、天照大神の皇后とし、ある時は天照大神の名代として活躍されたことが記されている。しかし、その瀬織津姫には穂乃子という名が後に付いている。瀬織津姫穂乃子という。この瀬織津姫は本当の瀬織津姫かは、ホツマツタエが偽書であるかないかとともに、真偽が問われる部分である。

関連する神[編集]
饒速日命(にぎはやひのみこと)との関連もあると言われる。また、瀬織津姫は天照大神と関係があり、天照大神の荒御魂(撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめ))とされることもある。「西宮」の地名由来の大社である廣田神社(兵庫県西宮市)は、天照大神荒御魂を主祭神としているが、戦前の由緒書きには、瀬織津姫を主祭神とすることが明確に記されていた。天照大神との関わりは、謎が多い。

その他では宇治の橋姫神社では橋姫と習合(同一視)されている。
祇園祭鈴鹿山の御神体は鈴鹿権現として、能面をつけ、金の烏帽子をかぶり長刀と中啓を持つ瀬織津姫を祀る。伊勢の鈴鹿山で人々を苦しめる悪鬼を退治した鈴鹿権現の説話に基づく。

熊野神社を遡り調べると熊野権現は瀬織津姫なりという説がある。大和政権がエミシ征伐の際、熊野権現を守り神とし北へ向かった。制圧した後、気仙沼市唐桑町に瀬織津姫神社、熊野神社などが鎮座した。東日本大震災の津波により流されたが、現在は再建されている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%80%AC%E7%B9%94%E6%B4%A5%E5%A7%AB

ニギハヤヒwiki

ニギハヤヒ(ニギハヤヒノミコト)は、日本神話に登場する神。『日本書紀』では饒速日命、『古事記』では邇藝速日命と表記する。別名、櫛玉命(くしたまのみこと)。天照国照彦火明櫛玉饒速日命ともされる。物部氏、穂積氏、熊野国造らの祖神と伝わる。

『古事記』では、神武天皇の神武東征において大和地方の豪族であるナガスネヒコが奉じる神として登場する。ナガスネヒコの妹のトミヤスビメ(登美夜須毘売、日本書紀では三炊屋媛という)を妻とし、トミヤスビメとの間にウマシマジノミコト(宇摩志麻遅命)をもうけた。ウマシマジノミコトは、物部連、穂積臣、采女臣の祖としている。カムヤマトイハレビコ(後の神武天皇)が東征し、それに抵抗したナガスネヒコが敗れた後、カムヤマトイハレビコがアマテラスの子孫であることを知り、カムヤマトイハレビコのもとに下った。

『日本書紀』などの記述によれば、天磐船に乗って河上の地に天降り、その後大和国(奈良県)に移ったとされている。これらは、ニニギの天孫降臨説話とは別系統の説話と考えられる。また、有力な氏族、特に祭祀を司どる物部氏の祖神とされていること、神武天皇より先に大和に鎮座していることが神話に明記されていることなど、ニギハヤヒの存在には多くの重要な問題が含まれている。大和地方に神武天皇の前に出雲系の王権が存在したことを示すとする説や、大和地方に存在した何らかの勢力と物部氏に結びつきがあったとする説などもある。

『先代旧事本紀』では、「天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊」(あまてる くにてるひこ あまのほあかり くしたま にぎはやひ の みこと)といいアメノオシホミミの子でニニギの兄である天火明命(アメノホアカリ)と同一の神であるとしている。

『新撰姓氏録』ではニギハヤヒは、天神(高天原出身、皇統ではない)、天火明命(アメノホアカリ)は天孫(天照大神の系)とし両者を別とする。

19世紀初頭に出現し、後世偽書とされた『上記(ウエツフミ)』にもニギハヤヒへの言及がある。上記によるとニギハヤヒは別名・火明(ホアケ)の命であり、天孫の斎(いつき)として、九州・臼杵の河内山に降臨したとある。その後、第70代ウガヤフキアエズの命の時代に、お后の矢野姫にお告げがあり、奈良の斑鳩山に祀られた。物部氏の祖先は、この二人の間に生れたウマシウチ(第71代と高倉下の弟)であり、ナガスネヒコの甥のウマシマテとは別人であると書かれている。なお、「ニギハヤヒ九州発祥説」の有力な根拠ともなっている[誰によって?]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%AE%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%83%92

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ニギハヤヒの正式名称はなんと、「アマテラス クニテラス アメノホアカリ クシタマ ニギハヤヒノミコト(天照国照天火明櫛玉饒速日命)」というもので、大和族の巫女称号の「アマテラスが付いていて、ニギハヤヒは祭祀王の称号が与えられており、近畿地方の王になった。だから最初のアマテラスは男性王だったのだ。

出典
3)正統竹内文書における大和族、出雲族、ユダヤ族: シリコンキッド

ニギハヤヒは、『アマテル・クニテル・ヒコ・アメノホアカリ・クシタマ・ニギハヤヒ ノ ミコト(天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊)』が正式名称の古代の人物で、その後、神として祭られた。

出典
ニギハヤヒ:饒速日 (にぎはやひ) – Project

女神アマテラスは本当は男神アマテルであり、日本神話が記載されている古事記・日本書紀編纂に当たって改竄が行われた
https://matome.naver.jp/odai/2136963776710777401

たとえばアマテラスはニンゲン心で創作した神としての役職であって一人ではなく、時に男であるし、女でもある。

どれが誰か?をいっこいっこ検討すると物語改ざんや人物の重複・分離が多く、非常にややこしいので、シュメールの物語読んだほうが手っ取り早い。

ニンゲン心で物語を善悪判断、神キャラを切ったり貼ったり偶像化、偽善を押し付けてきたから、ホンネタテマエ2元論偽善社会が出来上がった。

よって、

ニンゲン創作物、神だろうが悪魔だろうが、どっちを崇拝しても、何も起こりゃしない

ちなみにシュメール神話で主エンキはニンゲンに「神を信じろ!」とか「善悪判断しろ!」とは言っておらず、「この物語から学べ!」としか言っていない。

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