サル山法治国家にて憲法学者のunnaturalな交通事故死

子どもがオトナに対して「おかしい」と思うことは実際におかしいのだよ

22日午前0時10分ごろ、東京都三鷹市新川4の15の中央自動車道上り線で、東京都中野区鷺宮、早稲田大教授、西原博史さん(59)が単独事故を起こし、車外に出ていたところをトラックにはねられた。西原さんは病院で死亡が確認された。大学のホームページによると、西原さんは社会科学部所属で憲法学が専門。平成11年から教授を務めていた。

 警視庁高速隊は、自動車運転処罰法違反(過失傷害)の疑いで、東京都八王子市滝山町、会社員、高原充宏容疑者(50)を逮捕。容疑を同法の過失致死に切り替え調べを進める 現場は2車線のほぼ直線。西原さんは運転していた乗用車が追い越し車線を走行中に中央分離帯に衝突したため、車外に出て走行車線を歩いていたという。
http://www.sankei.com/affairs/news/180122/afr1801220014-n1.html

<「法学教育」をひらく(第5回) 西原博史先生・仲道祐樹先生 その2>

大村:「西原先生は、『法学セミナー』(日本評論社)の今年の4月号に、サル山共和国の設定で寄稿されています。大学生への法学入門へもサル山共和国が越境していますが、他の場面への利用可能性についてお話し下さい。」

西原:「『法学セミナー』の編集長がこの本に接してもらっていて、この方法に関心をもたれました。過去の『法学セミナー』の企画はレベルが高く、多くの初学者にとって読みこなすのは相当な作業だったのですが、その壁を突破したいというのが編集長のお考えでした。そこで、憲法について、設定としてサル山共和国を使って問題を単純化できるならいいのではないかということになりました。2014年度の子どもゼミの4回目で扱った素材を取り上げました。最近の憲法学の現状は、技術論に走る傾向が強いのですが、なぜその技術が成立するのかを考えてほしいというのが、第1の趣旨でした。小学生に向けて説明する中で、法的思考とは原則・例外関係なんだ、という表現が伝わることを見ていたので、これを言語化してみたのです。原則を設定したら、例外を採用しなければならない理由がなければ原則を崩してはいけないという、原則・例外関係において、法は組み立てられています。憲法に関しては「権利が尊重される」ことが原則であり、例外が成立して規制が認められるためにはそれなりの理由が必要です。まずそれを自覚的に構造化して描いてみて、とりあえずこれで乗ってみないという提案ができれば、大学の授業の誰も教えてくれないベースに言及できるかなということが、ここでの2つめのねらいでした。」

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西原:「法学部は法解釈学部であり、法律解釈学部であったと思います。法解釈学は、法が存在するという前提に立ちますし、存在しない法律のないものねだりはしてはいけないことになっています。しかし、いかんせん、法律がこのままでは問題解決能力に限界があるという社会の転換期には、法解釈学部はいったいどのような機能を果たせるのかという問題が出てきます。法学部の出身者が社会で果たしてきた役割は、狭い意味の法解釈学ではありませんでした。多くは、新しい法秩序を作っていく主体として法や社会問題の営みに参与してく役割を担いました。法学部の役割は、法的思考を用いることで問題解決の枠組に体系性をもたせること、バランス感覚の上に成り立つ、こぼれ落ちる人のいない問題解決の枠組みを準備していくことという、ある種、立法学的な素養を鍛える場として期待されてきたことが大きいと思います。法学部で教えていることと、法学部に求められている人材の微妙な食い違いは、意識してもいいのかと思います。法学部で教えるべきは法解釈学ではなく、法で問題を解決するという法的思考の全体性にもっと自覚的であってほしいと思います。」

西原:「子ども未来館と荒川区の小学校で授業をしてみて、小学生の考える能力の高さ、当事者意識の強さを感じました。自分たちの問題は自分たちで解決できるし、解決しなければならないと感じていることがわかりました。大人に邪魔されることに対する憤りがあります。考えてごらんという場を与えられれば、考えます。この本を子どもが手に取ったときに、こう考えてもいいんだという枠組みが伝わればいいと思います。小学生のときはもっていた当事者意識を中学校段階で刈り込んでしまって、育て損なっているとすれば、そこに一番の問題があると思います。非常に厳しい受験勉強を経て大学に入ってきた学生に、子どものときにもっていた当事者意識を再活性化することが、大学教員の務めでしょう。小中学校段階の法教育はその意識の継続性を担保すると思います。
 私は法教育という言葉にはちょっと抵抗がありました。法学教育と法教育は、むしろねらいは同じものがあると思います。小学生の段階から法学における法的悩みを共有してもらうことによって、子どもたちに何がしかを伝えることができないかと考えてきました。小学校から始まる法学教育があっていいと思いますし、小学生が法学に対して率直に向き合っている面を、どうやって大学生たちに伝えていくかが課題だと思います。」
http://www.houkyouiku.jp/15091701

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サル山法治国家とは?

法について国民に考えられるとダメな理由

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